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子どもの頃の記憶 「きっと一生叶わないんだろうな」と思った日

一生かけても、どうしても叶わない夢はあるんだなぁ、と思ったときのことを覚えている。たぶん8歳とか10歳とかその辺りのこと。

 
その頃の自分にはたくさんの夢があって、「いつかお城に住む」「お母さんにお城を買ってあげる」という夢も、その中のひとつだった。よくお城の間取り図を書いて、母の希望を聞いては何度も書き直したりしていた。母もそんなわたしに応え、「キッチンと脱衣所は隣り合わせにして」などという具体的かつ本音のリクエストを出してくれたものだった。
(実際に、ローンを組んで建てられた実家は、母の希望通りにキッチンと脱衣所が隣り合わせになっている。)
 
そんな夢見る少女だった私も、本やニュースを通して、一軒家の相場や一般的な平均給与、世の中の資産家や相続というものの存在などを知って、あるときふと、「あれ、私はどんなに頑張っても一生お城は建てられないんじゃないか」と気が付いた。
その、絶望したような感じの、あの瞬間を、今でもよく覚えている。
 
もしも今だったら、どうしてもお城が建てたいなら、何よりもお金を稼ぐことを優先すれば不可能ではないとも思う。
でも、当時の自分は「無理だ」と思った。
それは、考えたというよりは、気が付いた感じだった。
 
多分それまでは、「夢は叶わないことがある」という事実そのものの存在を知らなかったんだと思う。例えば、世の中のお金持ちがみんな募金すれば貧しい子供たちは世界からいなくなると思っていたし、友達と喧嘩しても謝れば必ず仲直りできると思っていた。本屋さんに置いてある本はいつかすべて読めると思っていたし、たくさん働いたらお母さんにお城を買ってあげられると思っていた。
 
いま思うと、あの瞬間、現在の自分へ向かう階段をひとつ登ったような気がする。それは、夢は叶わないんだと肝に銘じたわけではなく、叶わないことだらけだからこそ、何かを少しでも実現できたらそれだけでとても幸せ、というような感じのこと。
 
おかげで、本当に小さなことひとつひとつで満足してしまう人間になった。あのケーキが食べられたら幸せ、あの信号が渡れたら幸せ、この言葉が少し伝わったら幸せ。
 
もし、あの少女だった頃に、いや自分は絶対この夢をかなえてやる!と噛み締めて日々邁進していたら、いつかヨーロッパの古いお城くらい買えていたのだろうか。とても広くて、リフォームも出来たりして、キッチンと脱衣所が隣り合わせに出来るようなお城を、手に入れていたのだろうか。