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読書録:雨宮まみさんの「女子をこじらせて」。タイトルで判断することなかれ。

基本的に「こじらせ」や「コンプレックス」というワードが嫌いで、そもそも一人ひとりがそれぞれ抱える歴史を、「あーこじらせているのね」「コンプレックスがあるのね」と片付けるための、都合のいい言葉だと思っている節がある。

 

この雨宮まみさんの「女子をこじらせて」は、そのたった「一人」が抱えてきた歴史を、あますところなく綴った自伝といえる。

ちょっとこんなつらいことがあったよ、というレベルではない。非常に壮大な、苦しい戦いの記録だ。

「モテない」「女」という自意識との戦いで、著者がいかに苦しんできたのかが、幼少期・中高生・大学生・社会人というステージごとに、臨場感あふれる文章で克明に綴られている。出来事を綴ったというより、頭の中の歴史を綴ったというような。

 

まるで解剖のように、過去の自分を分析する

本書の素晴らしいところは、自分の「頭の中」をこれでもかと晒け出していること。

著者がスクールカーストの最下層で取っていた行動や、大学受験のホテルでずっと有料チャンネルを見続けていたこと、AV雑誌のライターであることなど、ディティールだけでもすごいのだが、その時の「頭の中」がどうだったのかが、理路整然と、その時の苦しみや悲しみとともに描かれているのが、とにかく圧巻なのだ。

「モテない」「女」だという意識を常に抱え続けることで、自分がどんな行動を取ってきたか。周りの女の子が当たり前のように取る行動がどうしても取れない、そのことでどれだけ苦しみ、もがきつづけてきたか。「恋愛することが許されるはずない」「女らしく振る舞うことが許されるはずない」。その思考回路に、過去の自分に重なる部分があって、何度も泣けた。

こんな文章、私には書けない。自分と向き合いつづけることでやっと自意識から少しずつ解放され、それでも目をそらさずに自分の頭の中と戦ってる、そんな人にしか書けない文章だと思う。

 

現実的な恋愛が「許されていない」自分

読み始めてすぐ、20ページを過ぎたあたりで、さっそくノックアウトされてしまった。

中学生の頃から、周りの女子と自分を比べ、あまりにも容姿に自信がなく、自分はそもそも「女」として見られない、恋愛なんて「許されない」という思考回路に陥っていく。当然「結婚して子供を産んで当たり前」なんて思ったこともない。だって「女」じゃないんだから。

いやー。ものすごくわかる。わかるのです。だから私も、恋愛や結婚の話になるとものすごくつらくて、女子の会話が始まると速攻逃げ出していました。

そして著者が高校生の時、母親が不在の時に父親から「自分の下着は自分で洗え」と言われ、耐えられなくて情けなくて涙が止まらなかった、というくだり。私なんてどうせ「女」じゃないのに、誰も私のことをそう思っていないのに。

「父の愛情をわかっていたからこそ、大事にされているのに自分では自分を大事に思えないことや、自分に価値がないとしか思えないことが悲しかった」。うおーーー。泣けるじゃないですか。

今振り返れば、ああそうだったと思うことができる。そして、容姿ばかりが価値を決めるわけではないし、そんな風に思わなくていいのに、と簡単につぶやくことができる。でも、自意識というのは、そんな簡単なことを受けいられないから苦しい。

 

抜群のバランス感覚

また、とても読みやすかった理由の一つに、誰かをバカにしていない、責めてもいない、ということがあると思う。

例えば周りのキラキラしていた女子たちを悪く言ったり、そういう女子たちを好きになる男子たちに皮肉をぶつけることもない。もちろん、誰々のどういう言葉に傷ついた、誰々のどういう態度に共感できなかった、ということは書いてあるけれど、それによって相手に善悪をつけたりするような書き方ではない。

正直タイトルからは、「こんな人はこじらせ女子だから気をつけろ!」的なものかと思っていたが、正反対だった。

ちゃんと自分の「こじらせ」を見つめ、苦しかった部分を受け止めているので、誰かのこじらせをバカにすることなんてしないのかもしれない。どれだけ苦しいものか知っているから。そんなことを思ったりした。

 

というわけで、雨宮まみさんの「女子をこじらせて」。どんな人にも読んで欲しい、特に苦しみ続けた女子に読んで欲しい、良著でした。

 

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