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書評:断片的なものの社会学(岸政彦)

岸政彦さんの「断片的なものの社会学 」(朝日出版社)を読みました。

とても面白く、大好きな本になってしまったので、書評とまではいえないかもしれないけれど、感想を書いておきたいと思います。

断片的なものの社会学(Amazon)

 

普通に生活をしている中で、ふと、これは人を傷つけているのではないか、と思うときがあります。

それは、誰かの陰口を言ったとか、誰かを無視したとか、誰かのものを横取りしたとか、そういうときのことではなく。

例えば、自分の家族の写真をSNSにアップしたとか、お年寄りを席に譲ったとか、道に落ちているゴミを拾ったとか、そういうとき。

その度に、これは人を傷つけているのではないか、と思います。思うけれど、やめられません。

 

そんな日常で出会う断片的なものを、ひとつずつ、ちゃんと言語化して、ちゃんと考えていて、綴っている人がいた。

この「断片的なものの社会学」を読み始めたとき、そんなことを思いました。なんだか嬉しいような、恥ずかしいような。

きっと、同じように感じた人は他にもたくさんいるんじゃないかな、と思います。

紀伊國屋じんぶん大賞」という大きな賞も受賞したそうなので、きっとそうに違いない、と信じています。

 

本書には、社会学者の岸政彦さんが感じたこと、冒頭に挙げたような断片的なできごとや気持ちが、たくさん詰め込まれています。

タイトルには「社会学」と謳われていますが、何かを体系的に整理し、分析し、一つの答えを出しているような本ではありません。体系的に整理できない思いや、文脈にならない断片的なできごとを、ひとつずつ淡々と記録して、心にそっとしまう、そんな作業の記録のような本です。ある社会学者のエッセイ、とでも呼ぶと、ふさわしいのではないでしょうか。

 

せっかくなので、好きな章のうち、ここではふたつほど紹介したいと思います。

まず、本書の序章である7ページほどの「イントロダクション 分析されざるものたち」。

ここでは、意味付けできない断片的なものってあるよね、というようなことが語られています。作者は幼稚園のとき、路上に転がっている無数の小石を一つ拾い上げ、うっとりと眺めていたそう。広い地球で、この瞬間にこの場所でこの私によって拾われたこの石。そのかけがえのなさと「無意味さ」に、震えるほど感動していたと。

同じように、知らない人たちが書いた膨大なブログやTwitterを眺めるのも好きだといいます。「浜辺で朽ち果てた流木のようなブログには、ある種の美しさがある。工場やホテルなどの「廃墟」を好む人びとはたくさんいるが、いかにもドラマチックで、それはあまり好きではない。それよりもたとえば、どこかの学生によって書かれた「昼飯なう」のようなつぶやきにこそ、ほんとうの美しさがある」。

そもそも無意味なものに、意味もなく出会うことがたくさんある。私たちはその出会いや存在に、無理やり意味を見出す。でも、そんな無理やりの意味すら出来ず、ただそこにあるだけの、意味のない断片的なもの。それが、本書の主役なのです。

 

つづいて、「手のひらのスイッチ」。子供を持たない作者が、子供の写真がプリントされている年賀状を出してくるような友だちと、なんとなく疎遠になってしまう話が綴られています。

作者は「子供ができない俺に向かって、そんな年賀状を出してくるなんて無神経だ!」と言っているわけではありません。仲の良い友達が妊娠・出産すると心から祝福します。楽しみにもなります。でも、なんとなく疎遠になってしまう。そのままのことを書いています。

幸せというものは、そこから排除される人々を生み出すという意味で、同時に暴力でもある。では、その幸せを、みんな捨ててしまうべきなのか。

いや、一人ずつ違う幸せがあるからそれを認め合えばいいじゃないか、という人もいる。でも、普通にウェディングドレスを着て、普通にきれいだね可愛いねとみんなから言われたい、幸せというのは「一人ずつ違う」とかではなく、そういうありきたりないものではないのか。

そして、そんな幸せをずっと想像して願ったり、それゆえに誰かを傷つけたりする、そんなことを誰しもが続けている。それは良いことでもないけれど悪いことでもない。

そういうことを書いたあとに、作者はこの章を、「だから私は、ほんとうにどうしていいかわからない。」と結んでいます。

  

最後に。

この本は、THE社会学の学問書というよりは社会学者のエッセイ、といいましたが、どうであれ「社会」に関しする本であることは間違いない、といえます。

人間とか犬とか小石とかの集まりを「社会」として私たちが意味付けすることによって生まれるもの、一人ずつがその社会に触れるときに起こるもの、そういう断片的なものについて書かれている貴重な本だと思います。

社会の中で、いろんな断片的なものの存在を感じたとき、この本を本棚から取り出して、そうだよね、そう思うよね、と小さな拠りどころにしたいなと思います。

 

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